映画監督「エリック・ロメール」とパリ郊外のポストモダン集合住宅

映画監督「エリック・ロメール」とパリ郊外のポストモダン集合住宅

 

 

今年(2020年)生誕100周年となるヌーヴェルヴァーグを代表する映画監督のひとりエリック・ロメール。生誕100周年を記念して、動画配信サイト「ザ・シネマメンバーズ」では4月から彼の名作が順次配信されるなど、ファンはもちろん、映画好きの人たちにますます注目されている。

彼が1980年代に撮影した映画『満月の夜』(1984)はロケ地として、フランス新都市開発として開発がはじまったばかりのニュータウン、マルヌ=ラ=ヴァレが舞台となっている。開発が始まったばかりのこのエリアには、建築家リカルド・ボフィルがデザインした400人から500人が住むことができる低所得者向けの大型集合住宅「アブラクサス」や、丸いフォルムが特徴の「ピカソアリーナ」など斬新な建築物がいくつか建てられ、30年以上経った現在でもその姿を残している。

今回はそんなパリ郊外に現存するポストモダン建築物、そしてエリック・ロメールについて紹介する。

 

 

エリック・ロメールについて

エリック・ロメール(Éric Rohmer、本名ジャン=マリ・モリス・シェレール(Jean-Marie Maurice Schérer)は1920年生まれ、ヌーヴェルヴァーグを代表するフランスの映画監督。身長は188センチとフランス人にしては長身でもあった。2010年1月11日に89歳で逝去。パリのモンパルナス墓地の14区には御影石でできたシンプルなデザインの墓石がある。以前は墓石に本名のMaurice Schérerしか彫られていなかったため探しにくかったが、現在では「Maurice Schérer dit Éric Rohmer 1920-2010」と本名だけではなくエリック・ロメールの名前も彫られているので、比較的探しやすい。

ヌーヴェルヴァーグの監督たちの多くが映画評論からスタートしたが、エリック・ロメールも同様で、高校で古典を教えながら映画マニアが集まるイベント「シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタン」を主宰し、その機関紙でもある『ラ・ガゼット・デュ・シネマ』の編集を1950年5月から担当。

『ラ・ガゼット・デュ・シネマ』はわずか5号で休刊になったが、その後、すぐにフランスの有名な映画ジャーナル誌『カイエ・デュ・シネマ』の創刊(1951年)に参加。1957年から1963年までの6年間は同誌の編集長を務めるなど、本名ではなくエリック・ロメールという名前で批評執筆活動をしていた。

1959年には初の長編映画『獅子座』を制作(公開は1962年)。その後も『モード家の一族』(1969年)、『クレールの膝』(1970年)などをはじめ、生涯で長編映画を25作品、20前後の短編映画を監督している。彼の初期の短編映画『紹介またはシャルロットとステーキ』(12分)には、20歳のジャン=リュック・ゴダール (Jean-Luc Godard)が主演している。

評論として『カイエ・デュ・シネマ』誌はもちろん、1957年『いとこ同志』で知られるヌーヴェルヴァーグの映画監督クロード・シャブロル(Claude Chabrol)と共に、世界ではじめてヒッチコックの全作品を評論した書籍『ヒッチコック』を共著。また短編小説も書いており「六つの教訓話シリーズ」の映画の元となった短編小説集『六つの本心の話』が書籍として刊行されている。

ロメールはジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフーと同じく、1950年代後半ヌーヴェルヴァーグを代表する監督のひとりだが、評価されるのが、比較的遅かった監督でもある。

10歳年下のジャン=リュック・ゴダールは1959年『勝手にしやがれ』(1960年公開)で長編映画デビューし、ジャン・ヴィゴ賞、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。1932年生まれのフランソワ・トリュフォー(Francois Truffaut)は長編第1作『大人は判ってくれない』(1959年公開)で1960年カンヌ映画祭で監督賞を受賞するなど、若手の同僚が世界的に注目され活躍していくなか、10歳近く年上のエリック・ロメールの長編第1作「獅子座」が興業的にうまくいかなかったこともあり、日本においては彼の作品はほとんど知られることなく、上映されることもなかった。

その後、『海辺のポーリーヌ』が第33回ベルリン国際映画祭で監督賞と国際批評家賞を受賞すると、『満月の夜』『緑の光線』など彼の作品が次々と公開されるようになり、たちまち日本中にファンを増やしていった。

ヌーヴェルヴァーグの特徴でもある、同時録音、ロケを中心とした撮影、アドリブといった撮影スタイルに加えて、エリック・ロメール映画には、男女の恋、パリ、ヴァカンス、そしてセリフを中心に演出を考えるという彼の映画ならではの “しゃべりすぎる会話“がある。エリック・ロメールが好きか嫌いかは、この“しゃべりすぎる会話“を楽しむことができるか、あるいは、そうでないかにきっとわかれるだろう。CGや派手なアクションやハラハラするようなストーリーがないからこそ、そこに描き出される、繊細な男女のストーリーと会話だけで成立している貴重な映像こそが、エリック・ロメールの映画の魅力にもなっている。

今回はあえて彼の映画作品の内容にはふれないが、まだ見たことがない人はぜひ一度彼の映画を見てほしい。彼の映画の魅力を短い言葉や文章で説明するのはなかなか難しい。なかには相性が悪くて、見ているうちに眠くなってしまう人もいるかもしれないが。それもまたエリック・ロメールの映画ならでは。

 

 

マルヌ=ラ=ヴァレ(Marne-la-Vallée)

パリから東へ約30キロほどのニュータウン。東西に伸びるRER A4線を中心としたエリアでRER A4線の終点駅ディズニーランド・パリもマルヌ=ラ=ヴァレに含まれる。
映画『満月の夜』で主人公ルイーズの住んでいるアパートはRER A4線のローニュ駅(Lognes)の目の前にある。

ローニュ駅から3駅隣のノワジー=ル=グラン=モンデスト駅(Noisy-le-Grand – Mont d’Est)近くには新都市計画の一環として作られたポストモダンの建築物が2つ現存していて今もその斬新な建築デザインを見ることができる。

アブラクサス(Les Espaces d’Abraxas)は、映画『未来世紀ブラジル』や『ハンガー・ゲーム FINAL』のロケ地にもなった近未来的な建築物。また、アブラクサスから歩いて15分くらいのところには通称「カマンベール」と呼ばれる丸いデザインが特徴のピカソアリーナ(Les Arenes de Picasso)。どちらも80年代のフランス都市計画にあわせて、低所得者向けの集合住宅として建築された大型集合住宅で、現在も住宅として使われている。

もし、見学に行くとしたら、現在も住人が生活をしている集合住宅なので迷惑がかからないようにすると同時に、治安がいいとはけっしていえない街なので、注意は必要だろう。

 

 

 

■アブラクサス(Les Espaces d’Abraxas)
Clos des Aulnes, 93160 Noisy-le-Grand, France
最寄り駅:ノワジー=ル=グランモンデスト駅

1982年、スペインの建築家、リカルド・ボフィルがデザインした、「宮殿」「劇場」「アーチ」の3つの建物で構成されている低所得者向けの集合住宅。全591室。正面の大通りからはイラストのような円形の建物のように見えるが、エントランスをくぐって中庭部分へ入ると、大きな円形広場のまわりを18階建てのスクエアなバロック形式のビルが囲むように建っており、その風景はまさに壮観。映画『未来世紀ブラジル』や『ハンガー・ゲーム FINAL』でロケ地として使用されたのもうなずける。

 

■ピカソアリーナ(Les Arenes de Picasso)
Arènes de Picasso, 6 Place Pablo Picasso, 93160 Noisy-le-Grand, France
最寄り駅:ノワジー=ル=グランモンデスト駅

アブラクサスから徒歩15分。ノワジー=ル=グランモンデスト駅からは徒歩7分くらいのところにある540部屋からなる低所得者向け集合住宅。1984年建築。丸い部分の小さな窓にはカーテンがかかっていて現在も住居として使われているのがわかる。デザインをしたのは、スペインの建築デザイナー、マノロ・ニュネズ・ヤノヴスキー(Manuel Nunez Yanowsky)。こちらも新都市計画の一環として作られた。広場を挟んで、50メートルの高さの丸い建物が2つ対象的に並んでいる風景に圧巻される。