ロトチェンコが撮影した、モスクワで現存するロシアアヴァンギャルド建築
現在のグラフィックデザインにも大きな影響を与えているロシアアヴァンギャルド。1910 年代から1920 年代を中心に活躍したAleksander Rodchenko(アレクサンドル・ロトチェンコ)は、ロシア構成主義を代表するアーティストとしてデザインや写真などで貴重な作品を残している。ロトチェンコが1920年前後に写真に収めたモスクワに現存する貴重なアヴァンギャルド建築物を紹介する。
■ Aleksander Rodchenko(アレクサンドル・ロトチェンコ)
アレクサンドル・ロトチェンコ(1891-1856)は、ロシア構成主義を代表するアーティストとして1910年から1920年代を中心に活躍した、デザイナーであり、フォトグラファーであり、アーティストでもある。当初はアーティストとして絵画を発表していたが、インダストリアルデザイン、ステージセット・舞台デザイン、ファッション・コスチュームデザイン、建築などさまざまな分野で活動をするようになる。1922年からポスターや書籍などのデザインを開始。女性がメッセージを叫んでいる図柄の「国立出版社」の広告ポスター(1924)は、構成主義ならではの、フォトモンタージュと強いライン、そしてロシア語のタイポグラフィで構成され、ロシアアヴァンギャルドを代表するデザイン作品になっている。ちなみにこのポスターは、ロシアアヴァンギャルドが好きだというイギリスのバンド、フランツ・フェルディナンドのアルバム『You Could Have It So Much Better』のジャケットで模倣された。また、当時の左翼芸術雑誌『レフ』(1923-1925)と『新レフ』(1927-1928)の表紙デザインではロトチェンコ自らが写真撮影とデザインをしており、その後彼はフォトグラファーとしての活動が多くなり、1924年から晩年まで人物やモスクワの風景などの写真を撮り続けた。
■ ロトチェンコに関する書籍2冊
『Rodchenko/The Complete Work』( 1986)
Thames and Hudson. London.
1986年に出版されたロトチェンコの作品集、英語版。303ページのボリュームあるページ数のハードカバーで、モノクロの図版が多いのが少し残念だが、写真、グラフィックデザイン、インダストリアルデザイン、ステージセット・舞台デザイン、ファッション・コスチュームデザイン、建築など彼の600以上に及ぶ作品と、その解説や活動についてをテキストで読むことができる、まさにアレクサンドル・ロトチェンコを網羅した貴重な1冊。
『ロトチェンコ+ステパーノア+
ロシア構成主義のまなざし』(2010)
デザイン:服部一成、山下とこも 発行:朝日新聞社
2010年4月から東京都美術館で開催された『ロトチェンコ+ステパーノア ロシア構成主義のまなざし』展の図録。展覧会はその後滋賀県近代美術館、宇都宮美術館で巡回展示された。ロトチェンコと彼の妻であり芸術家でもあるVarvara Stepanova(ワルワーラ・ステパーノワ)の作品が収録されている。作品全てカラーで1点1点のサイズも大きくレイアウトされ、作品の詳細まで見ることができる。また、ロシア語で書かれたコピーに和訳がついているので、コンセプトやアイデアもよりわかりやすい。
ロトチェンコが撮影したモスクワの建築物で現存するもの、そしてロトチェンコと関係がある建物をここでは6つ取り上げて紹介する。どれも1920年代前後のロシアアヴァンギャルドの面影を残している貴重な建築物だが、いずれも100年近く前の建物なので老朽化が激しく、今後建て壊しされるものも出てくるだろう。観にいくなら早いほうがいい。
Mosselprom building(裏面)
Mosselprom building(正面)
a: Mosselprom building
2/10 Kalashny Side street, Moscow
ロトチェンコが撮影したこのビルの写真は雑誌「lef」2号(1927)の表紙にも使われている。赤の広場からほど近い場所にあるロシアの歴史的な建築物。1912年に建てられたが翌1913年には崩壊。1917 年に再建され、1923 年から25 年に2 フロアが増築され、モスセリプロム(農産物加工組合)の建築物となり、ロトチェンコとステパーノアが壁面にモスセリプロムの広告のグラフィックをデザインした。その後モスセリプロムが1937 年にビルから出たため、広告もなくなったが、1997年に復刻され、現在もほぼ当時のままのグラフィックを見ることができる。正面からは見えないが、右手の裏に回ると、大きな壁面にグラフィックが描かれている。現在は住宅として使われているようだ。(イラスト:ビルの裏には、イラストのようなグラフィックが再現されている)
b: Narkomfin building
25, Novinsky Boulevard, Moscow
ロシア構成主義の指導者でもあったロシアの建築家Moisei Ginzburg(モイセイ・ギンズブルグ)がデザインした建物。1930 年建築。ロトチェンコは彼の特徴といってもいい斜めの構図でこのビルディングを数カット撮影して作品を発表している。建物そのものは現在かなり老朽化しているようだが、100年近くたった現在でも現存している貴重な建築物である。
c: Centrosoyus.
D.39 Myasnitskaya Street, Moscow
ロシアで、Le Corbusier(ル・コルビュジエ)がデザインし、建築が実現した唯一のビル。ツェントロソユーズとは旧ソ連消費者協同組合中央同盟で、現在はFederal State Statistics Serviceなどいくつかの公共機関が入っている。建設計画そのものは1929年に決まったが、建設は難航して、ロシア構成主義が下火になりかけた1935年に竣工した建物。ロトチェンコは1934年にこのビルを撮影している。また、このビルがある東西に伸びる通りで“House in Myasnitskaya Street”シリーズとして彼は複数の風景写真も発表している。
d : Kandinsky house
1/8, Burdenko Street, Moscow
ロシアのアーティスト、Wassily Kandinsky(ワシリー・カンディンスキー)が住んでいたアパート。ロシア出身のカンディンスキーは1896年ミュンヘンへ移住し、1916年にロシアに戻ってから1921年までこの場所に住んでいた。建物にはその記念碑がある。ロトチェンコと奥さんのステパーノアは、1919年9月から1920年10月までカンディンスキーと共にここで暮らしており、ロシアアヴァンギャルドを代表するアーティストたちが集まった貴重な建物でもある。当時はDolgy Streetという名前だったが現在はBurdenko Streetになっている。
e:The Kauchuk club
64 Plyshikha, Moscow
1925年に開催されたパリ万国博覧会のソ連パヴィリオンをデザインしたロシア構成主義の建築家Konstantin Melnikov(コンスタンチン・メーリニコフ)がデザインした、屋上部分が丸く、正面から見ると上部が張り出した特徴的なフォルムをした建築物。ロトチェンコはこの建物の屋上でメーリニコフのポートレートを撮影している。1927年から1929年に建設された。当時はゴム工場の労働者クラブとしてシアターホールには720席のシートがあり、ふたつのバルコニーがあった近代的な建築物。ロトチェンコはソ連パヴィリオンでの展示デザインも手掛けており、パリ万国博覧会を機にメーリニコフと共にロシアを代表する建築家、デザイナーとして世界から高い評価を受けた。
f : The Shukhov Tower
37 Shabolovka Street Moscow
ロシアアヴァンギャルド建築の第一人者でもあるVladimir Shukhov(ウラジーミル・シューホフ)がデザインし、1922年に建設された双曲面構造の高さ約160mのラジオ塔。鉄が格子状に組まれたフォルムはオリジナリティがあり美しい。2002年までは電波塔として機能していたが、2014年に取り壊し計画が発表されたのに対して、著名な建築家たちが反対。最終的には市民投票により修復保存計画が決定した。ロトチェンコもこのタワーを1229年に撮影している。
■ モスクワについて
ロシア連邦の西端部に位置する首都。「クレムリン宮殿」と「赤の広場」を中心に放射状に広がった街で、市内にはモスクワ川が大きく蛇行して流れている。人口は約1,620万人。ヨーロッパでは人口最大の都市になる。広大な面積だけあってロシア国内には11の時間帯があるが、モスクワの時差は標準時間+3時間。2011年までサマータイムが採用されていたが、現在は廃止されている。日本との時差は6時間。日本からモスクワへは、成田国際空港から直行便として、日本航空(週3便)、アエロフロート・ロシア航空(毎日1便)が就航しており、所要時間は約9時間30分から10時間前後。入国には事前にビザの取得が必要。現行通貨はロシアルーブル(表記はp)で、2017年2月現在、1ルーブル約1.95円。表記は以前はロシア語のルーブルの頭文字である"p”が使われていたが、2013年12月から¥同様、“p”の下に2本線が入った記号が使われるようになった。ロシアでは日本円からルーブルの両替ができないところが多いので、USドルあるいはユーロのほうが便利。モスクワ市内の移動手段には、主にトラム(路面電車)、トロリーバス(電気バス)、メトロ(地下鉄)、バスの4つの乗り物がある。バスはどこの都市も同じだが、慣れないとなかなか使いこなせない。乗車券に関しては、4つの乗り物どれでも使えるカードが何種類かあり、用途にあわせて効率的なものを選んで購入したほうがいい。