バウハウスの街ドイツ『デッサウ』

 

1919年、ドイツのヴァイマルに設立された学校バウハウス(bauhause)。開校してからわずか14年で閉鎖されたにもかかわらず、2019年には開校100周年を記念したイベントが世界各地で予定されているなど、現在でも芸術やデザインに大きな影響を与え続けている。政治や経済的な理由からヴァイマル(Weimar 1919-1924)、デッサウ(Dessau 1925-1933)、ベルリン(Berlin1933)とドイツ国内で所在地も変更してきたバウハウスだが、なかで現在も象徴的なバウハウス校舎があり、バウハウスの街がドイツ・デッサウだ。

 

illust: “Bauhaus Building”
Architect: Walter Gropius (1925/26)
address:Gropiusallee 38
https://www.bauhaus-dessau.de/
(1926年竣工、1945年空爆で大破、その後2度の修復を経て1976年に元の状態に)

illustration by fumi

 

バウハウスとは

1919年、ドイツのヴァイマルで創設された総合芸術学校。ドイツ語で「bau」は「建築」「hause」は「家」意味という意味。開校時のバウハウス宣言で初代校長ヴォルター・グロピウス(Walter Gropius)が「芸術家と職人の壁を超えて、建築と絵画と彫刻を統一し、共に未来の建築を実現しよう」(一部要約)と宣言したように、芸術家と職人が一緒になり、表現主義と機能主義が結びついた新しい芸術教育、芸術のあり方をバウハウスは目指した。設立当初は版画や彫刻、織物などの工芸的な教育がほとんどで、建築教育はなく、建築学科が設立されたのは1927年になってからである。「教師」「生徒」という言葉ではなく、ギルドで使われていた「親方」「職人」「師弟」という呼び名を使い、「親方」にはヨハネス・イッテン(Johannes Itten)、ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)など当時有名な芸術家を教師として迎える、教育機関でありながらバウハウスとして企業や行政の仕事を請け負い、プロダクトを製作したり、建築デザインを請け負うなど、その新しい教育スタイルとバウハウス様式といわれるような様々なプロダクトや建築デザインは世界から注目された。しかし、ロシア革命、ナチスの台頭、世界恐慌などの経済的、政治的な問題に奔走され、その思想やスタイルは徐々に変化し、14年後の1933年には閉鎖。閉鎖後、多くの教師や生徒は海外へ渡り、その後世界各地で様々な活躍をしバウハウス教育の影響は現在まで影響を与えている。

その一方で、わずか14年間の間に、ロシア革命、ナチスの台頭、世界恐慌などの時代に翻弄され、所在地はヴァイマル(1919-1924),デッサウ(1925-1933),ベルリン(1933)と3回場所を変え、そして、校長もグロピウス(1919-1928)、ハンネス・マイヤー(1928-1930),ミース・ファン・デル・ローエ(1930-1933)と3人代わるなど、まさに激動の波に芸術教育にたちむかっていったことがすばらいい。

 

デッサウ (Dessau)について

1919年、ヴァイマルに設立されたバウハウスがデッサウ (Dessau)に移転したのは1925年4月1日。政府やヴァイマル市民、保守派などとの意見の対立によって、廃校になりかけたバウハウスの次なる場所として唯一受け入れたのが工業都市デッサウだった。それまで国立学校だったバウハウスはデッサウ市の私立学校となり、翌1926年には有名なバウハウスのデッサウ校舎が完成、1932年10月にナチスによって廃校になるまでの約7年半にわたりデッサウにおいてバウハウスは様々な芸術教育や芸術活動を展開した。(1932年にはベルリンで旧電話工場で新たに私立大学として再開したにも関わらず、再びナチスとベルリン警察によって閉鎖。1933年8月10日、当時の校長だったミース・ファン・デル・ローエによって学生たちに廃校が通達された)
デッサウ (Dessau) は、ベルリンの南西約120キロにある街。ドイツ連邦共和国を構成する16の連邦州のひとつ、ザクセン=アンハルト州 (Land Sachsen-Anhalt)にあり、1990年10月3日のドイツ統一以降、ドイツ連邦共和国の旧郡独立市だったが、2007年には隣接する街ロスラウ (Roßlau) と合併し、現在はデッサウ=ロスラウ市 (Dessau-Roßlau) になっている。2017年12月における人口は約82,000人、面積は244.62㎢。

 

ベルリンからデッサウまで

電車で行く場合には、Berlin Hbf駅(ベルリン中央駅) からDessau Hbf 駅(デッサウ中央駅)まで特急電車、インターシティーエクスプレス(ICE)かインターシティー(IC)で、約1時間半から2時間程度。デッサウ駅の改札を出て、右側(東側)が駅舎があり前にはバス停やトラムなどの乗り場があり、左側(西側)のエリアにBauhause校舎やマイスターハウスなどがある。西側の駅前には特に何もないが、バウハウスに関する標識や地図、施設をまわるバスの路線図などがたくさんあるのでとてもわかりやすい。バウハウスの校舎までは約500メートル、デッサウ駅を降りてから徒歩約10分程度。マイスターハウスまでは駅から約1キロ程度。バウハウスの校舎とマイスターハウスを見るだけであれば徒歩でも大丈夫だが、有名なバウハウスの集合住宅、テルテン団地や実験住宅スチールハウスなどを見たり、デッサウの街を散策したいのであれば、トラムやバスを使うのがいいだろう。駅やホテルなどで自転車を借りることもできる。電車の場合にはテルテン団地エリアはDessau Sud(デッサウ南駅)の方が近い。

 

バウハウスに関するいくつかのニュース

バウハウス100周年
バウハウスが設立された1919年から来年(2019年)でちょうど100年になるバウハウス。現在100周年を記念した様々なイベントや企画などが進行している。その中心的な存在でもあるヴァイマルにオフィスを構えるBauhaus Association 2019によって運営されているウェブサイト「100 Years of Bauhause」(https://www.bauhaus100.de)では、バウハウス100周年に関する最新情報やコンテンツを見ることができる。『Bauhause Now』という雑誌も製作され、2018年5月23日2号が発売されている。また、100周年を記念して2019年にはヴァイマルとデッサウには「Bauhaus museum」が、ベルリンには「Bauhaus-Archiv / Museum」も新しくオープンする。

ハーバード大学で行われるバウハウス創設100周年記念プロジェクトと関連して、ハーバード大学美術館が所蔵するバウハウスのドローイングや写真等の資料データベース約32,000点をオンラインで公開している。(https://www.harvardartmuseums.org/collections/special-collections/the-bauhaus)。年代別、カテゴリー別、アーティスト別などで分類されていて、とても見やすく、わかりやすい、貴重な資料になっている。

アドビがバウハウスフォントを復刻してリリース
アドビはバウハウスで再発見された当時の未完成な形で残されたスケッチや文字の断片などから「Joschmi」「Xants」「CarlMarx」「Alfarn」「Reross 」の5つのフォントを再現して発表。Typekitを通じて無償でダウンロードできる。