エドワード・ホッパーの愛した景色 『ケープコッド』

20世紀のアメリカを代表する画家エドワード・ホッパー(Edward Hopper 1982-1967)。彼はニューヨークやニューイングランドなどを舞台にした作品をたくさん描いてきた。なかでもニューヨークのダイナーを描いた『Nighthawks』(1942)は有名だ。1882年ニューヨーク州ナイアックで生まれ、1931年から没する1967年までGreenwich Villageで過ごした彼はニューヨークという街を愛して、生活の拠点としていたが、ホッパーは毎年夏になると、奥さんのJosephine Hopperと一緒にニューヨークを離れ、ケープコッド(Cape Cod)の別荘に出かけた。

ケープコッドは、アメリカ東部、ボストン南東にある腕のような形をした半島。ニューヨークからは車で4時間程度。半島の南側入り口付近の街ハイアニスには、ケネディ一家の別荘もある人気のリゾート地でもある。ボストンからはフェリーで半島北の小さな街プロビンスタウンまで約1時間半。ホッパーはこの半島の真ん中あたりのCape Cod Bayを望む場所に別荘を作り、飛行機嫌いの彼は夏になると夫婦で毎年ニューヨークから車でここまでやってきた。彼はトゥルーロを舞台にして75点の水彩画と、43点の油彩画の風景画を描いたらしい(Truro Historical Societyより)。半島にはかつては鉄道もあったが現在は北の街プロビンスタウンからカルフォルニア州のロングビーチまで続いている国道6号(U.S. Route 6)がメインストリートになっている。

ケープコッドでは比較的大きな街、プロビンスタウンの人口は2010年には2642人。ボストンからフェリーで約90分、車で約3時間、飛行機だと約20分の距離。ボストンから日帰りできるという立地条件もあって人気のリゾート地となっている。ホエールウオッチングが有名な街で、メインストリートのCommercial Stにはギャラリーがたくさんあり、またゲイタウンとしても知られてることからレインボーフラッグも多い。

ホッパーの別荘があるトゥルーロはボストンから約160キロ。面積は38.3㎢、人口は約2003人(2010年)のとても小さな街で、ホッパーが別荘を作った1934年から6年後の1940年には人口わずか585人。映画『Men in Black 2』ではトミー・リー・ジョーンズが記憶を消されて、エイリアンたちと一緒に働いていた郵便局が設定上ではトゥルーロ郵便局となっている。エイリアンたちがばれないで暮らせるのどかで静かな街ということだろう。

ケープコッド半島の北の街プロビンスタウン(Provincetown)のホテル「Sunset Inn」は「Rooms for Tourists」(1945 Yale University Art Gallery所蔵)というタイトルで、1945年にケープコッドでホッパーが描いた建物のなかでも当時の面影を現在までほぼそのまま残している数少ない建物だ。1850年に作られた個人宅をホテルに改装したホテルでけっして豪華なホテルではないが、古き良きアメリカの世界感を感じることができる。そしてトゥルーロ(Truro)に海岸Fisher Beachには、ホッパーが作った小さな白い別荘がいまもある。彼が描いた有名な一枚「Rooms by the Sea」1951(Yale university art gallery所蔵)は、この家のなかからの風景を描いたに違いないといわれている。家の近くはプライベートスペースになっていて近くまでは行けないので注意。

 

 『Nighthawks(ナイトホークス)』の場所について

ホッパーは1913年から1987年までをニューヨークのGreenwich Villageにあるスタジオ兼自宅(現在のSilver School of Social Work)で過ごした。彼の有名な作品「Nighthawks(ナイトホークス)」(シカゴ美術館所蔵)は、そんな彼の家から近い場所にあったとされている。しかし、その場所はいまだ確定されておらず、いろいろなところで論議が交わされている。Greenwich Avenueの7番街南(Seventh Avenue South)と西11丁目(West 11th Street)の交差点のマルリー・スクエア(Mulry Square)といわれているが、実際にそこにダイナーがあったことはなく、別の場所なのではないか。ウェブサイト上では70 Greenwich Avenue (「West Village Florist」) であると真剣に論議されている記事http://www.popspotsnyc.com/nighthawks/もあり、ホッパーの絵と場所をめぐる論争はとても興味深い。いずれにしてもあの有名な絵のモデルとなったダイナーはいまだに解明されることなく、謎のままである。