「London AtoZ」 の誕生秘話
スマートフォンが普及する前の話、旅といえば地図は欠かせないものだった。ヨーロッパの多くの都市では全ての通りに名前がついているので通りの名前と番地さえわかれば住所にたどり着くようになっている。
今から100年ほど前の1906年にロンドンの東ダルヴィッヒでひとりの女の子が生まれた。彼女の名前はフィリス・グロス (Phyllis Gross)、後にロンドンで一番有名な地図AtoZを作ったフィリス・ピアーズール (Phyllis Isobella Pearsall )である。
1935年、ロンドンで彼女は迷子になった。使っていたのは17年前の地図。そこで彼女はひらめいた。発展しているロンドンには最新の地図が必要だろうと。
それから彼女は毎日5時に起床し、1日18時間もロンドンの街を歩いて周り、主要な建物と通りの名前を調べた。最終的には23000もの通りを歩きロンドンの地図をつくった。
1936年、彼女は最初ロンドンの有名デパートセルフリッジズやピカデリーのハッチャーズ、ソーホーのW&Gフォイルズと行った本屋に売り込みをしたが、誰もまともに取り合わなかった。
次に彼女が向かったのが、鉄道や病院などの売店を運営する世界初のチェーンストアを運営するW・H・スミスだ。彼女はついに1,250部の受注を勝ち取った。
もちろん地図はよく売れたことは言うまでもない。
最近はGPSのMAPのおかげで紙の地図を広げることも少なくなってしまったが、次回ロンドンに訪れることがあったらAtoZを広げて巡って見よう。彼女の足跡を辿っているようできっと楽しいに違いない。